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July 14, 2004

ABOUT HUE


概略

2001年、映画「眠る右手を」を制作するために、白川幸司が監督、井川広太郎が撮影監督というコンビネーションにより結成。完成後は、多数の海外国際映画祭に作品を出品し、両名とも世界各国に渡航し、世界中の映画人と交流すると同時にプロモーション活動を行う。その後も映画制作に止まらず、「眠る右手を」を劇場公開する為に配給、宣伝をも行うようになる。
2003年、「マチコのかたち」を同様に制作、配給し、劇場公開、多数の国内および海外国際映画祭に出品。
2004年には「SPICA」を制作。
2005年に白川幸司、井川広太郎がP-krafに加入。



略歴

2001年10月 HUE結成。映画「眠る右手を」制作開始
2002年02月 「眠る右手を」クランクアップ
2002年08月 「眠る右手を」完成
2002年08月 現代韓国映画祭2002「眠る右手を」ワールドプレミエ上映
2002年09月 第21回バンクーバー国際映画祭「眠る右手を」ドラゴン&タイガー部門正式招待
2003年04月 第27回香港国際映画祭「眠る右手を」正式招待
2003年04月 イメージフォーラムフェスティバル2003「眠る右手を」正式招待
2003年06月 シネマ・下北沢「眠る右手を」2週間レイトショー
2003年08月 第7回タイ短編映画ビデオ祭「眠る右手を」特別上映
2003年09月 映画「マチコのかたち」制作。クランクアップ
2003年12月 「マチコのかたち」完成
2004年01月 バンコク国際映画祭「マチコのかたち」短編部門 正式招待
2004年03月 SKIPCITY国際Dシネマフェスティバル「マチコのかたち」特別上映部門 正式参加
2004年04月 Nippon Connectin「眠る右手を」上映
2004年05月 全州国際映画祭「眠る右手を」正式招待
2004年06月 イメージフォーラムフェスティバル2004「マチコのかたち」正式招待
2004年06月 シネマアートン下北沢「マチコのかたち」2週間レイトショー
2004年09月 Juan Media Festival2004「マチコのかたち」優勝
2004年09月 第23回 バンクーバー国際映画祭「マチコのかたち」ドラゴン&タイガー部門正式招待
2004年10月 「SPICA」制作開始
2004年11月 「SPICA」クランクアップ

2005年01月 白川幸司、井川広太郎、P-kraftに加入



プロフィール



白川幸司 映画監督

1967年12月28日、宮崎県生まれ

<作品歴>
「意識さえずり」97年/バンクーバー国際映画祭正式招待 他、国際映画祭多数
「ヒダリ調教」99年/ロッテルダム国際映画祭正式招待 他、国際映画祭多数
「獣の処刑」00年/バンクーバー国際映画祭正式招待 他、国際映画祭多数
「REC」00年/TV東京にて放映
「ファスナーと乳房」01年/ロッテルダム国際映画祭正式招待 他、国際映画祭多数
「眠る右手を」02年/劇場公開作品、香港国際映画祭正式招待 他、国際映画祭多数
「マチコのかたち」03年/劇場公開作品、JuMF2004グランプリ 他、国際映画祭多数
「SPICA」05年/制作中

イメージフォーラム付属映像研究所第20、21期卒。
27歳の時に映画監督になることを決意し、仕事を辞め、イメージフォーラム研究所の20期として入所。翌年も特待生として在籍。
その卒業制作である「意識さえずり」(1997)、「ヒダリ調教」 (1999)において彼は、
8mmのフィルムの限界に挑戦した。これらの2本の映画は、1999年および2000年のロッテルダム国際映画祭およびバンクーバー国際映画祭でワンプログラムとして上映され、好評を博した。映画評論家のトニー・レインズは99年に「この年の日本映画で最大の発見」と白川幸司の登場を称えた。
続いて「獣の処刑」(2000)、「ファスナーと乳房」(2001)などの作品を立て続けに発表し、その全てが多くの国際映画祭で上映され、高い評価を得た。そして「眠る右手を」(2002)を制作。
3時間30分におよぶ長編は、香港国際映画祭、バンクーバー国際映画祭など各国で上映され、その壮大な世界観と美しい映像とで、絶賛と論議を巻き起こした。この作品は国内でもシネマ下北沢で公開され、単館上映のみのインディーズ映画としては極めて異例ながら、2003年キネマ旬報ベスト10第81位にランクインされている。
そして2003年「マチコのかたち」を制作。前作に引き続いての撮影監督、美術監督、音楽監督と共に制作されたミュージカルは、これまでの白川のスタイルを一新したかのような色鮮やかで軽妙な短編に仕上がっている。既にバンコク国際映画祭、SKIPシティ国際Dシネマフェスティバルなど国内外の映画祭で上映され、斬新で知的な演出と眩いばかりの映像美で「いままでの日本映画にない」魅力と国際的に高い評価を得ている。
お問い合わせ、ご依頼は art@kiwi.ne.jp




井川広太郎 映画監督/CINEMATOGRAPHER

1976年9月1日 横浜生まれ茅ヶ崎育ち

<代表作品>
「COMMUNICATION」 1999/監督/IFFヤングパースペクティブ正式上映
「眠る右手を」 2001/撮影監督/劇場公開作品、香港国際映画祭正式招待 他、国際映画祭多数
「青きテハミング」 2003/製作/AZコンテスト規定テーマ部門 準グランプリ
「マチコのかたち」 2003/撮影監督/劇場公開作品、JuMF2004グランプリ 他、国際映画祭多数
「SPICA」 2005/撮影監督/制作中

学生映画として制作活動を開始。同時に、仏文学者野崎歓氏の下で映画理論を学ぶ。
1998年には日本を代表する映画団体の設立に中心となり参加。後に脱退。
数々の上映会やイベントを企画、運営し、多くの若き映画人と交友を持つ。
白川幸司監督とは、その頃からの盟友。
2001年、白川幸司監督作品「眠る右手を」に撮影監督として参加。
劇場公開のほか、数々の国際映画祭に招待、上映されるなど、国内外で高い評価を得る。その後もプロ、アマ問わず、多くの現場に参加。
2003年、再び白川監督と共に「マチコのかたち」を制作。
前作同様に多くの国際映画祭に招待される。
2004年、三度、白川幸司監督と新作「SPICA」を制作。
映画以外にも、フリービデオカメラマンとして各種動画制作、
ブロードバンド動画配信など、多方面でそのデジタル撮影技術を発揮している。

2006年完成に向けて、監督作品「東京失格」準備中。
お問い合わせ、ご依頼は kotaro_ikawa@hotmail.com



由来

 hue[hju:] 英.n / 1. 色彩 / 2. 叫び(声)

 “色彩”は我々の誇る映像美と、そこに集う仲間達の個性を示します。“叫び”は我々が描く人間の内面と、途絶えない映画への情熱を表しています。



展望

DVやHDに代表されるデジタル技術のめまぐるしい発達に伴ない撮影および
編集機材の低価格化と性能の飛躍的向上も実現し、また映像を配信する媒体の充実など、映画制作を巡る環境は小規模効率化へと加速するばかりです。
圧倒的に低下した制作費はターゲットを明確にし、小回りの効く機材は現場をより親密にし、いずれも作品の主題やクオリティーを濃密にし、映画をより身近にし、よりパーソナルな作品創りが可能になりました。
これまでの莫大な制作費では実現できなかった繊細な、あるいはドメスティックなテーマ設定は、小規模ながら安定した興行と、新規市場開拓に結びつけることが出来ます。
既に、ブロードバンドの映像配信の世界では、特定の市場に特化しディテールに専門化した映像が商品として成立し、新たな映像ビジネスとして成立しつつあります。
HUEは、デジタル映像の世界で経験と実績、技術と知識を持っています。いま迎えつつある映画の新しい流れは、制作から興行に至る規模の枠を取り外し、純度の高い作品の価値を高めることだと、我々は考えています。



投稿者 HUEくん : July 14, 2004 12:09 AM  [ NEWS]

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