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December 16, 2004

iさんへの手紙

(コメントを寄せてくれたiさんへ)
今後の白川作品のテーマでもあるので、こちらに書きます。テーマは「自分を捨て、天に昇れ!」かな。

オーディションに関して言えば、作品の為のモノなので、それに合うか合わないかだけだと思います。落ちたら「あらら、違う人がぴったしだったのか。じゃ次」と切り替えを早くする事です。ただ、就職活動とか住居探しとかしていると「自分は不要なのか?」という錯覚するクセが人間にはあるのでやっかいです。選択されない自分をどう見つめていくのか、実は貴重な時間だったりすると思います。特に20代あたりは、いい時間でもあります。

自分は映画を作り始めた当初は「すぐに認めてくれる人が現れて自分を助けてくれる!」と思い込んでいました。けれどそうではないのです。映画は自分を救いません。誰も救いません。そして自分でさえ救わないのです。よく「誰も助けないのよ!自分で自分を救うのよ!」などという台詞がありますが、これこそが、意味のないものに意味を見いだそうとしている馬鹿な人間のクセです。救うとか救われないとか自体、放置でいいじゃないですか?一番重要なのは「自分の考え方」を把握する事だと思います。こんな時にこう感じるのは自分のクセなんだと、一度、客観視してみると、1つステージを上がる事が出来ます。

例えば、宗教。自分は信じていませんが、その考え方、神的な存在を認めるという事は、自分自身を客観視するはじめの一歩だったりします。自分はちっぽけな存在。人間はただ生きて死ぬだけの存在なのだと、当たり前の事を認識出来るきっかけになるのです。それを把握してないと、いつまでも主観的価値観にとどまることになり、意味付けを頼りにする人間で終わってしまいます。例えば「家族はいいものだ。」という意味だけが一人歩きする危険性。恋愛について悩んだり、生きる意味とかありもしない意味を暴走して求めたりして、自殺したりもします。

人間は、脳神経に記号的なモノを与えて認識する事を覚えます。海、山、手紙、とかの存在を記号的に整理して脳神経を走る電気信号に置き換えていきます。そういった流れは、個体としての認識力を養い、それをよりどころに人間は価値の中で生きていけるのですが、そういった流れ自体を人間は把握する事が可能だと思います。自分はそれらの個体を飛び越える認識力が大切だと思うのです。

自分という生き物の有り様を認め、その思考形態を把握し、それらを超える為に、天に昇り、自分を見下ろす。そうすることで、自分は生きてきたかもしれません。

しかし、落とし穴。そんな思考は、相対的に物事を考える事も可能になり、「さ、討論しようぜ!」という時に、難しくなります。話がかみあわないのです。相対論者はいつまでも勝ち続けてしまいます。

次のステップは、その思考形態を、感情と組み合わせていく事かなと、思います。いずれ「人生は素晴らしい」と叫びたいですね。

訳分からない長文かもしれませんが、白川の現状報告と思ってください。


投稿者 白川幸司 : December 16, 2004 12:45 AM  [ 白川監督の独り言]

1 コメント

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最近ではオーディション以外で焦り苛立つ時が多々あります。
そんな時にはこのブログを見に来たいと思います。
返信いただき感謝しております。
ありがとうございました。

投稿者 by: i at December 17, 2004 07:30 PM