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December 09, 2004

「ヒダリ調教」上映報告

本日、「眠る右手を」に出資して頂いた愛知芸術文化センターにて、白川2作目にして問題作の「ヒダリ調教」が上映されました。
http://www.aac.pref.aichi.jp/bunjyo/jishyu/2004/AFF9/index.htm

特集_ドキュメンタリーの過去と現在(〜あるいは、まなざしの変容について〜)というプログラムの中での上映です。

以下、プログラム解説を引用します。

マイケル・ムーア監督『華氏911』が記録的なヒットを飛ばすなど、近年、ドキュメンタリー映画への関心が高まりつつあります。通算で9回を数える今年の「アートフィルム・フェスティバル」は、「特集:ドキュメンタリーの過去と現在」と題し、歴史的なパースペクティブから、このジャンルへの新しい考察を試みます。 日中戦争の記録として撮られながら、当時、厭戦的であるとして公開されなった『戦ふ兵隊』(1939年)の亀井文夫、戦後、独自の手法で極めて自然な子供たちの姿を捉えた『絵を描く子どもたち』(1956年)の羽仁進から、1970年代から80年代にかけ実験映画の新たな領域を拓いた日記映画や私映画、また90年代から現在まで、その賛否を問い論争が続くプライベート・ドキュメンタリーと呼ばれる傾向に至る流れを、対象へと注ぐ「まなざしの変容」としてたどります。 私映画の先駆作である石井秀人『家・回帰』(1984年)、土居晴夏『なかのあなた、いまのあなた』(1985年)や、実験映画においてドキュメンタリー的アプローチを追求した小口詩子『おでかけ日記』(1988年)、大木裕之『遊泳禁止』(1989年)から、私映画へのアンチテーゼとして虚構性を強く意識化した白川幸司『ヒダリ調教』(1999年)、能瀬大助『日日日常』(1999年)等へと至る流れは、80年代以降の、実験映画を中心とした、映像表現の展開をたどるという意味でも、興味深いといえるでしょう。 また、ドキュメンタリーの概念を形成した創始者ロバート・フラハティの『極北のナヌーク』(1922年)や、撮影の技術的可能性を極限まで押し広げたジガ・ヴェルトフの『カメラを持った男』(1929年)の先駆作から、最新の動向として、ビデオを用い成立した9時間の驚異的なドキュメンタリー、王兵『鉄西区』(2003年)までを上映。あわせて、このジャンルの草創期より、不可分の問題として追求されている、フィクションとドキュメントの関係についても、検証を行います。


投稿者 白川幸司 : December 9, 2004 08:18 PM  [ 上映情報]

1 コメント

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すごい充実したプログラム!

投稿者 by: 井川広太郎 at December 10, 2004 09:59 AM