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画家のシンが突然不治の病に冒され右手が動かなくなり、この長編物語は幕を切って落とす。妻のケイはカウンセラーを仕事に持つが、感情というものを失っている。一人息子のコウは人の心が読める為、自ら心を閉ざし「言葉」を使わなくなっていた。そんな家族であったが、シンは病の為、次々と体の一部を失っていき、その姿は家族の関係性をも変化させていく。激情が蘇るケイ。自らの体に画鋲を刺していくコウ。破綻していく家族の元に、オカマの介護人ソラがやって来る。脳天気なソラより再び関係性を変化させられた家族が、その辿るべき道を模索している中で、周囲の人間達の嫉妬や駆け引き、裏切りから次々と悲劇や惨劇が襲いかかる。物語から脱落する人間を見送りながら、画家のシンは家族の絵を描き上げようとしていたが、そんな家族を見下ろす存在にコウだけが気付こうとしていた…。
私はこの作品で、人間同士の愚かな駆け引きを描きたかった。狙いとしては、前半に傷付け合ってしまう人間達を滑稽に目まぐるしく描き、後半には突如として神のような存在(この作品中でも、ある人物が登場する)が現れ、我々を見下ろす事で、無常な人の世界を明確に打ち出そうとした。これまでの多くの作家が描いてきた「神の不在」的な世界観が私は好きなのだ。大半の観客は「救いの無い話」と簡単に切り捨てるかもしれないが、人間の存在とはそんなものである。この作品の登場人物達も、そんな人間の存在自体の無常感を抱いているのかもしれない。そして彼らは全員、誰かに救ってもらいたいと願い、その誰かを待ち続けている。だからこそ人間は、お互い探り合い、駆け引きをするのだ。作品では、駆け引きに破れた者達には悲劇と惨劇が襲いかかり、物語から消えていく。残された人々に救済が訪れるのかどうかの「瞬間」を迎えて、この作品は幕を下ろす。長い作品だが、観客に一番に感じて頂きたいのはこの「瞬間」である。(白川幸司)
| ●監督に影響を与えた「大草原の小さな家」(ネタばれ有) |
私は宮崎県という民放が2つしかない田舎で育ったせいもあり、今でもNHKが大好きです。そこで毎週観ていたのは「大草原の小さな家」です。ローラ・インガルスという主役の女の子が確か自分と同い年位で、6、7年位続いたのかな・・毎週観ていました。かなりクリスチャン的道徳ドラマの匂いはしましたが、全く気にならず、この善良的な人々のドラマに魅せられました。しかし突如として悲劇も多くありました。衝撃的だったのは、インガルス家の友人アリスが焼死する場面です。アリスの腕には、ローラの姉メアリーの産まれたばかりの赤ちゃんが抱かれていました。アリスは2階から泣き叫び、赤ちゃんを使い、窓ガラスを割って助けを求めていました。メアリーは失明していたので、「何が起きているの!」と叫ぶばかり。あの非情なまでの描写に子供の私はひどくショックを受けました。悲劇が起きると神の不在を強く感じてしまいます。このドラマには多くの悲劇がありました。しかし、たった2回だけ神様が登場した事がありました。もっと神様が登場すればいいのにと思いましたが、この2回しか登場しない理由も何となく分かります。ひとつはドラマが始まって間もない頃、もう一つは最終回です。初めの登場はこうです。インガルス家には男の子が居ません。産まれないのです。そこに待望の男の子が誕生します。ローラの弟です。家族は弟を可愛がります。それを妬んだローラは弟が居なくなればいいと願います。翌朝、弟は死んでしまいます。ショックを受けた幼いローラはそれに耐えられず森深く消え、誰も来ない岩山で祈りを捧げます。餓死直前に「妙なおじいさん」が現れ、あれは病気だったと教え、ローラの目印を川に流します。捜索中の父親にそれが辿り着き、川を遡った父親にローラは発見されます。ローラが「あ、お父さんが来たよ。おじいさん。」と振り返った時には、すでにおじいさんの姿は消えていた・・・というストーリーでした。そして最終回の方は、養子のアルバートが銀行強盗に撃たれて植物状態になる事件から始まります。男の子は結局産まれず養子をとっていたのです。父親は強盗達にやってはいけない復讐を果たそうとします。しかし最後に復讐を出来ない自分自身に苦しみます。父親は植物状態のアルバートを連れ、奇跡を起こそうと泥の塔を作り始めます。父親の友人や、インガルス家は、そんな気が触れたとしか思えない父親に為すすべもなく、どんどん落ちていきます。「本当の息子ではない子供を父親は愛せるのか。」動物のエゴを越えられるのかと問いつめられているような最終回でした。そんな最後の最後に、またしても「妙なおじいさん」が現れたのです。奇跡は起こり家族も戻りました。とても長いTVシリーズでしたが、もっともポイントの高い回はこの2つでしょう。しかも続いていると思います。神の不在・・・それは多くの人々が感じていることです。自分が不幸だったり、友達が自殺したり、親とうまくいかなかったり、誰かにおとしめられたり、いろんな事が起きる世の中です。「無常を受け入れられるのか?」私達は問いかけられているような気がします。なんだか精神論チックな感じかもしれないけど、私は表現者として、私が受けた何かを作品として残したいのです。それが例えば「眠る右手を」だったりするのかもしれません・・・
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